« Et je sentis que tout l'univers venait de me faire un clin d'œil. »
 「全宇宙が親しげにぼくをこづいたような気がした」
              --- Le Quatuor d'Alexandrie, Lawrence G. Durrell

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L'atelier de la reine Spica
"スピカ女王"と2人で活動中の創作ユニット"ラトリエ・ドゥ・ラ・レーヌ・スピカ"の作品リスト。

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Mon signet pour la musique (おんがくのしおり) [2]

【お題】同題異曲「わたしはだれか?(Qui suis-je?)」

 なにも記憶喪失にならずとも自問することはあるはずだ —「わたしはだれか?」
例えば、アイデンティティを四畳半的に見失うときにも。例えば、自我について壮大な思弁に耽ろうとするときにも。
 今回取り上げるのは、そんな問いにまったく異なる向き合い方をした、ジャンルも対照的な歌2つ。

 ・ Scylla « Qui suis-je ? »
 ・ KYO « Qui je suis »
注)疑問文として正式な語順は"Qui suis-je?"という主語と動詞を倒置させた形だが、話し言葉では"Qui je suis?"のような倒置しないような言い方も許容される。


 前者は、ベルギーはブリュッセルを拠点に活動するラッパー Scylla(スキュラ) のセカンドアルバム Masque de chair (2017) 収録。
 フランス語ラップというのは実はなかなか魅力的な穴場ジャンルで、ただ喋ってるだけでも音楽的な饒舌性に富んでいるフランス語の言語特性は意外や意外ラップ向きなのだ。個人的には、'90-'00年代のラップコアや、ポエトリーリーディングにより近いスラム(Slam)なんかの方が、最近ヒットチャートを占めるギャングスタ系のラップより好みなんだけれど。
 それはさておき、Scylla のことは音楽配信サービスのバイラルチャートで偶然知った。スラムール(slameur)の Grand Corps Malade(グラン・コール・マラッド) を彷彿とさせるような淀みない言葉運び —歌うでも語るでもないそういうのを"フリースタイル"というらしい— と、何より"voix d'ogre(鬼の声)"とも"voix rauque(低く響くしゃがれ声)"とも形容される独特の声がもたらしたインパクトは絶大。加えて、クラシックから民族音楽から、ちょっと初期のLinkin Parkを思い起こさせる陰鬱なラウドロック的要素までをも自由自在にサンプリングして、ときにはメロディラインを歌い上げもするという引き出しの多さに胸が躍ったし、さらに、このジャンルにしては比較的平易で標準的な言葉遣いで綴られた歌詞が、非常に個人的で内省的であると同時に、確かに私にも繋がっていると感じられる普遍的な深淵に踏み込んでは厳粛な希望に似た何かさえ啓示してくるような代物ときては、もう惹かれるのを止められなかった。
 ちなみにベルギー、このフランスのすぐお隣りのフランス語圏(但し南半分と首都圏のみ)は、フランス語ラップのパイオニアともみなせるだろう Jacques Brel(ジャック・ブレル) を、今世紀のフランス語ラップ界最大のスター Stromae(ストロマエ) を排出した国だったりするということを付しておきたい。

 後者は、フランスの4人組ロックバンド KYO のサードアルバム 300 lésions (2004) 収録。
 ちなみにこのバンド名、現地ではよく「キヨ」と発音されてるけど、メンバーが大好きな日本のゲームのキャラクター名「京」と、音楽に関する漢字「響」の音読みを掛けたらしいので、ほんとは「キョウ」が正しい。
 KYO は2000年のデビュー後、セカンドアルバム Le Chemin (2003) の大ヒットで一躍スターダムに躍り出た。当時、メンバー全員が20代前半と若く、とりわけティーン層から絶大な支持を受けていたことから、ミーハー受けするアイドル然とした扱いをされていたのは否めない。それでも、'03年から'05年末の活動休止までのたった3年で、十数年を経た今なお記憶に残る褪せない名曲をいくつも世に送り出したのだから、それは間違いなく密度の濃い実績と正当に評価されるべきだろう。
 さらには、ここが彼らの面白いところなのだけれども、デビュー以来ブレイク時含めそれこそ活動を再開させた現在に至るまで一貫して、彼らは独特の手癖(フレーズ・展開・音構築・歌唱 etc.)を手放すことなく、むしろ"KYO節"とでも呼ぶべきものを磨き上げ極めて昇華させるばかりなのだ。メロディアスで、物憂げで、切実で、"君"への熱烈さは祈りにも睦言にも、そして少しの諦観とともに無垢で透徹した世界の理(ことわり)に焦がれる"僕ら"…。
 熱狂の時から約10年を経て生み出された4枚目のアルバム L'équilibre (2014)を聴けば、変わらぬ手癖を懐かしみ、活動休止中の別プロジェクトから得たであろう血肉に気付き、重ねた歳の分を確かに反映した骨を噛み締めることができたのだ。

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テーマ:フランス語圏の音楽 - ジャンル:音楽

[La traduction des paroles] KYO "Qui je suis"

KYO « Qui je suis » (300 lésions, 2004)



※ フラ語歌詞はこちらを参照→ http://paroles2chansons.lemonde.fr/paroles-kyo/paroles-qui-je-suis.html
この歌を取り上げたエッセイはこちら→ Mon signet pour la musique (おんがくのしおり) [2] 【お題】同題異曲「わたしはだれか?(Qui suis-je?)」


「僕は誰だ」

無数の腕が伸ばされて
僕の到着は大騒ぎを巻き起こす
神さま、僕は誰なんだ?
僕の孤独はそのままに
移動手段が僕の家
僕が通れば、人は誓う、人は叫ぶ

別ものの人生の中で僕は延々と道に迷って
もはや自分が誰なのか分からない

僕は少しおびえて、祈る
以前、僕の街で僕は人に好かれていた
今や、僕の国で僕は人に価値を決められてしまう

建物の一番高いところ
作りものの光の下で輝いて
僕にはもう自分の道が見えない
僕には近頃たくさんの友達がいるけれど
僕が成長してゆくのを見ていた人たちはどこ?
彼らが立ち去っていくのを僕は見た

自分の未来の中で僕は延々と道に迷って
もはや自分が誰なのか分からない

僕は少しおびえて、祈る
以前、僕の街で僕は人に好かれていた
今や、僕の国で僕は人に価値を決められてしまう
僕は誰なんだ?

僕が外に出られるのは夜にだけ
今日、僕は生きるのが怖くて
明日、僕は僕が忘れられるんじゃないかと怖がるんだろう
仕方ないや

僕はもはや自分が誰なのか分からない

僕は少しおびえて、祈る
以前、僕の街で僕は人に好かれていた
今や、僕の国で僕は人に価値を決められてしまう
僕は誰なんだ?

僕が外に出られるのは夜にだけ
今日、僕は生きるのが怖くて
明日、僕は僕が忘れられるんじゃないかと怖がるんだろう
仕方ないや



テーマ:洋楽歌詞対訳 - ジャンル:音楽

[La traduction des paroles] Scylla "Enchanté"

Scylla « Enchanté » (Masque de chair, 2017)



※ フラ語歌詞はこちらを参照→ http://paroles2chansons.lemonde.fr/paroles-scylla/paroles-enchante.html
この歌を取り上げたエッセイはこちら→ Mon signet pour la musique (おんがくのしおり) [2] 【お題】同題異曲「わたしはだれか?(Qui suis-je?)」


「はじめまして」

俺に「はじめまして」なんて言うな!
拒んだって無駄だ。
俺たちはおそらくこれまで一度も会ったことなんてない、でも俺たちは繋がっている。
そうだ、繋がっているんだ。俺はお前を覚えている。
俺たちはおそらく一度も会ったことなんてない、でも俺たちはすでにどこかですれ違ったことがある。
俺たちはおそらく一度も会ったことなんてない、でも俺たちは繋がっている。
もしお前が俺を信じないというなら、近寄って俺の目の奥をじっと見つめてくれ。
見えるだろう、お前の一部がそこできらめくのが。
なぜなのか説明できない、それでも俺たちは繋がっている。

なぜなのか説明できない、でも知っているんだ、ほら!
だって、お前の目の奥で、同じ炎が輝いているのが見えるんだ。
俺には分からない、俺の考えが十分に納得のいくものとお前に映るかどうか。
でも俺たちの間には、古の霊魂たちを結びつけていたあの縁(えにし)のようなものがある。
それはまるで、同じ星が俺たちを常に導いてきたかのようだ。
俺たちはおそらく一度も会ったことなんてない、でも俺たちは離れ離れになったことだって一度もない。
俺たちはすれ違ったことがある、この肉体がそこにはなかったとしても。
ともに、俺たちは生きて、俺たちは死んだ、何度も何度も。
何度も何度も倒れ、何度も何度も立ち上がった。
自らの灰の中から蘇るのを俺たちは互いに見てきた。
覚えているか? ふたりのうちどちらかが落ちるに違いないとなったとき、
もうひとりは真っ先に天使の跳躍*を決めたものだったというのを。
他人の言うことなんて聞きたくない。
俺は自分の殻に閉じこもったまま、わざと頭を空(から)にする。
俺は言う、別の人生で俺たちは出会ったことがあるのだと。
俺はそう信じたい、だってその考えこそまさしく俺好みなんだ!

俺に「はじめまして」なんて言うな!
拒んだって無駄だ。
俺たちはおそらくこれまで一度も会ったことなんてない、でも俺たちは繋がっている。
そうだ、繋がっているんだ。俺はお前を覚えている。
俺たちはおそらく一度も会ったことなんてない、でも俺たちはすでにどこかですれ違ったことがある。
俺たちはおそらく一度も会ったことなんてない、でも俺たちは繋がっている。
もしお前が俺を信じないというなら、近寄って俺の目の奥をじっと見つめてくれ。
見えるだろう、お前の一部がそこできらめくのが。
なぜなのか説明できない、それでも俺たちは繋がっている。

なぜなのか説明できない、でも知っているんだ、それだけだ!
俺には分かる、そういうことなんだ、話すには及ばない。
俺にはよく分かっている、お前の目の中に、俺たちの魂の気配のようなものがあるのを。
心配いらない、約束する、俺たちはまもなくその状態へ戻されるだろう。
「はじめまして」と繰り返し言ってくるなんて侮辱を間違ってもするんじゃない。
いったいなぜ物事とは常に理路整然としているべきなのか?
お前に言おう、お前は俺がおそらく一度も会ったことのない人々の、しかしそれでも常に俺に欠けている人々のうちのひとりなのだと。
そうだ、俺たちは繋がっている、きっとずっと昔から。
俺たちの間では年単位なんかで数えない、それどころか世紀単位で数えている。
いったいなぜお前は笑うのか? 俺を理解する者は俺に従え。
俺は言う、この出会いが父祖たちを奮い立たせるのだと。
他人の言うことなんて聞きたくない。
俺は自分の殻に閉じこもったまま、わざと頭を空(から)にする。
俺は言う、別の人生で俺たちは出会ったことがあるのだと。
俺はそう信じたい、だってその考えこそまさしく俺好みなんだ!

俺に「はじめまして」なんて言うな!
拒んだって無駄だ。
俺たちはおそらくこれまで一度も会ったことなんてない、でも俺たちは繋がっている。
そうだ、繋がっているんだ。俺はお前を覚えている。
俺たちはおそらく一度も会ったことなんてない、でも俺たちはすでにどこかですれ違ったことがある。
俺たちはおそらく一度も会ったことなんてない、でも俺たちは繋がっている。
もしお前が俺を信じないというなら、近寄って俺の目の奥をじっと見つめてくれ。
見えるだろう、お前の一部がそこできらめくのが。
なぜなのか説明できない、それでも俺たちは繋がっている。

ああそうだ、俺は言う、別の人生で俺たちは出会ったことがあるのだと。
俺はそう信じたい、だってその考えこそまさしく俺好みなんだ!



[※ 注釈書き込み可歌詞サイト Genius も適宜参考にしてます。https://genius.com/11419452

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[La traduction des paroles] Scylla "Qui suis-je ?"

Scylla « Qui suis-je ? » (Masque de chair, 2017)



※ フラ語歌詞はこちらを参照→ http://paroles2chansons.lemonde.fr/paroles-scylla/paroles-qui-suis-je-r.html
この歌を取り上げたエッセイはこちら→ Mon signet pour la musique (おんがくのしおり) [2] 【お題】同題異曲「わたしはだれか?(Qui suis-je?)」


「俺は誰だ?」

俺は誰だ?

俺は上流の人間どもが誑かす群衆の中のひとりでしかない。
奴隷みたいなものだが俺は玉座に即こう、これ以上俺に話さないでくれ。
ここが俺の場所だ、俺はそのことを受け止める。
俺は弱き者たちの蜂起を心の底から期待している、
俺はまるでスパルタカス*に出てくるガキみたいだ。
俺の肉体が地より出でて天に向かうこの架け橋を見出す助けとなるように。
俺の敵でさえそれを渡るように。
最後の晩餐に居ただなんて俺には奇妙な感じだ。
俺は闘う…、たとえ絞首刑がおぞましくとも、
味方の命を救うために己の命を捧げるのだ、ヴェルキンゲトリクス*。
俺は攻撃の精度を精神の力に同調させる、闇雲にではなく。
俺の魂はおそらく少林拳*師の身体に宿っていた。
この彼こそは、俺が誰なのかどこから来たのかを知っている。
たぶん俺は自分がそうであると思うようなものではない。
いずれにせよここまですべてが絡み合っている…

俺はまた兄弟たちの歌を聞く。鞭鳴り、波の音、
砕ける鎖のきらめき、それから…、
アミスタッド号*の船倉で犠牲者となってしまった虐待者たちの苦しげな叫び声。
俺の血管に犠牲者みなの血が流れているのを感じる。
ジル*が血を流せば、ヴァイキングの歌が始まる。
聖なる土地を守るために俺は戦斧を掘り出す*。
俺はすべての歌詞をシッティング・ブル*が身につけた羽で書く。

俺は隠されているものを好む。
なぜなら、御(み)言葉はしばしば真意を隠すものだと知っているから。
俺がそれを解き明かそうとしたのは、たしか何世紀も前のこと、
俺はヘルメス・トリスメギストス*の弟子の中にいた。
俺はその資格を失わねばならなかった。
騎士らしいところはまるでないけれど、俺は聖杯の探索*中だ。
それはつまり俺の心はたぶんそれほど純粋ではないということだ。
そうしたところで俺は信じている。俺の喉にこそエクスカリバー*は隠されていると。

俺は愛を歌うだろう、たとえ自分の地が炎に巻かれても。
目に見えないものがまったき生を保ち続ける以上、
俺は自分の帰ってゆく日を待ちわびるだろう、俺は神のうちに姿を消したい。
俺のうちにはアンダルシアの偉大なる神秘家たち*の声が響き渡る。
ところで、こうした言葉はどこから俺のもとへやって来る?どこから?こうした記憶はどこから俺のもとへやって来る?
こうした嗜好はどこから俺のもとへやって来る?どこから?こうした懊悩はどこから俺のもとへやって来る?
こうした進路はどこから俺のもとへやって来る?方向は?誰に続く?
こうした疑念はどこから俺のもとへやって来る?どこから?いつから?俺は誰だ?

お前と同じ、俺はおそらく自分がそうであると思うようなものではない。
自分は他人とは異なるのだと思っていた。でもこの肉の衣は仮面でしかない。
俺は我が身に全人類の染色体を運んでいる。



[※ 注釈書き込み可歌詞サイト Genius も適宜参考にしてます。https://genius.com/11163351

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